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私とプログラミング その1

スタッフブログ

2023.11.10

デジタルスクールインフィニティ代表で講師の羽佐田です。元プログラマーで、今はプログラミングを教えている私が、どのように人生でプログラミングとかかわってきたのかを書いてみます。

パソコンとの出会い

 私が中学生だった1980年代、第一次パソコンブームという時代の、それも初期からパソコンを使いはじめました。当時のパソコンといえば、今のようにパソコンを起動するとすぐにいろいろなソフトウエアが使えるようなものではなく、毎回カセットテープやフロッピーディスクからプログラムを読み込んで、それから起動するといった感じでした。もちろんゲームもありました。今の世代でも知っているようなところならパックマンとか。信長の野望や三国志もありましたね。レトロゲームの興味のある方なら、倉庫番・ゼビウス・マッピーなんかもピンとくるかもしれないですね。これらのソフトをパソコンに読み込むのには大変時間がかかりました。じゃあ、いったい読み込む前はどうなっていたかといいますと、実はそのままプログラミングできる状態だったのです。真っ黒い画面でカーソルが点滅している状態、そこからいきなりBASICというプログラミング言語でプログラミングできるようになっていました。で、実はソフトを読み込むというのも、実は保存したプログラムを読み込んで、読み込み終わったら実行するという感じなのです。わかりにくいかもしれませんが、今、プログラミングを学習している方々ならピンとくると思います。

パソコンがないのにプログラミング?

 そのころ、家にパソコンがあったかといえば、実はそうではないのです。後述しますが、パソコンを買うのは高校生になってから。では、どうやってプログラミングをしたのか。それはパソコンを使わず本で勉強したのです。それも完全に独学です。幸いなことに、家が本屋だったので、勉強する本は売るほどあります。まず、最初は友だちの家で遊ばせてもらって感覚をつかみ、家では「こんな感じかな」というのをノートに書いておく、そして次に友だちの家に行った際に入力して動かしてみる。想像どおり動かないものもあれば、ほぼ完全に動くものもあり、そうやって友だちと一喜一憂しながら遊んでいました。そう、プログラミングは私にとって遊びだったのです。学校でいやいやプログラミングを学んでいる高校生からしたら「なんで?」という世界かもしれません。でも、私はスポーツが大の苦手、体育の時間は憂鬱でした。友達が公園で野球をしているのを見て「なんで?」と思っていたので、まったく同じなのでしょうね。

「本当のプログラミング」の始まり

 さて、さすがに机上プログラミングにも限界というものがやってきます。それは「デバッグ」ができないことです。(デバッグとは不具合を見つけて修正することです。)なんせプログラムを動かすことができないものですから。当時パソコンは高価なもの。でも、高価でないものでプログラミングができるというものが実は存在していたのです。それが「ポケコン」です。ポケットコンピューターの略です。関数電卓を横長にしてアルファベットも入力できるようにしたような外観で、モノクロの液晶画面上でプログラミングできるのです。言ってしまえばプログラミング電卓ですかね。もちろん液晶は1列か2列しかありませんし、ドットも荒いのですが、プログラミングの基礎を学び、実際に動かせる、そして、お年玉で買えるような値段だったのです。この時代、初代ファミコンが発売されて空前の大ブームだった時代です。そんな中、「買ってきたソフトしか使えないなんて」とポケコンを選んだこの選択が、将来の人生を左右することになるとは思いませんでしたが。
それを手に入れてからはプログラミングの理解は進み、友達の家で打ち込むのに時間がかかるような超大作までできるようなりました。毎回入力しているものですから、タイピングもかなり早くなりましたが、独学ですし、タッチタイピングやホームポジションなんてものは聞いたこともない時代でしたのでプログラミングに必要なコマンドを自然に早く打てる指使いになってしまい、いまだに治りませんが。

やっとパソコン

 そして高校生になって、やっとパソコンが我が家にやってきます。当時のパソコン雑誌の「売ります・買います」というコーナーがあり、そこで買ったのがMSXという種類のパソコンです。今ではどのメーカーのパソコンでもWindowsで同じように動きますが、それまでは各メーカーそれぞれでしたので、同じBASIC言語でも、メーカーによって文法が違ったりしていました。ですが、このMSXというのは各メーカーで統一されたプラットフォームになるという画期的なものでした。ただ、統一規格なので、メーカーの最高傑作という位置づけの物ではなく、結構低スペックなものでした。といってもグラフィック性能が低いぐらいで私には十分に使えましたし、当時のファミコンのようにカセット式のソフトが使えたりして、それはそれは楽しい「おもちゃ」でありながら、今から考えると最高の「学習ツール」でした。その後、大幅にスペックアップしたMSX2という企画ができ、そしてパナソニックから超安価なMSX2機が発売され、そちらに移行して、さらにプログラミングにのめりこんでいくことになります。
 ところでこのMSXという名称のMSの部分、何かピンときませんか?そうです。マイクロソフトなのです。このMSXという発想があったからこそMS-DOS、そしてWindowsができたのです。
 と、ここまで聞くと、プログラマーになるべくしてなったのだろうと思われると思いますが、実はこの後、おおきく方向転換することになるのです。この続きは次回をお楽しみに。

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