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新ページ開設のごあいさつと代表の経歴

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2023.10.19

 新たなホームページを開設いたしましたので、全く新たな気持ちで「はじめまして」の気分でごあいさつさせていただきます。
 デジタルスクールインフィニティ代表で講師の羽佐田 啓明(はさだ ひろあき)と申します。以後お見知りおきを。
 経歴を簡単に紹介します。パソコン歴・プログラミング歴は約40年、プログラマーとして約15年実戦経験あり、専門学校講師・パソコンスクール講師としての教育歴は約10年といったところです。
 たぶん「もうちょっと詳しく」となるところですが、私の経歴、実は簡単に紹介できないのです。ですので、長くなりますが、本当にしっかり紹介させていただきます。

最初の仕事まで

 まず、生まれは1970年8月12日、大阪万博の年に奈良県奈良市で産まれました。といっても父親の仕事の関係で一時的に奈良に住んでいたころに生まれまして、ものごころつかないうちに愛知県東海市に来ました。その後、4歳頃にもう一度奈良に行き、その後また愛知に戻り、そのまま高校卒業まで東海市で過ごすことになります。というのも、父が脱サラして書店を始めたため、転勤がなくなったのです。
 大学で三重県伊勢市に住み、地元書店に就職。そして結婚。1994年に父が名古屋市名東区に新店を出店する際に、店長として赴任。そこから次期社長として順風満帆の人生が始まるはずでしたが、そうではないのです。
 現在の書店業界の状況をみてみると、軒並、個人店が閉店していると思います。この惨状を父は30年ほど前にすでに見越しており、将来がないということで私に転職をすすめたのです。

プログラマー・システムエンジニアに

 パソコンが得意だった私は、さっそく自分の店にある求人誌でパソコン関係の仕事を探しまくりました。まだ会社にパソコンが一人一台もない時代、会社のシステム開発が加速している時代でしたので、プログラマー・システムエンジニアの求人はたくさんありました。しかし、専門教育を受けず、趣味としてしかプログラミングをしていなかった私は、さすがにこの仕事は無理だと判断し、パソコンを使う側の仕事を探していました。
 今では当たり前ですが、当時としては斬新だった、仕事を求めている人が、どういう経歴でどういう仕事がしたいというのを登録しておくと、求人募集している企業がそのデータを閲覧し、よさげな人に連絡するというシステムで、とあるシステム会社から、プログラマーで採用したいとお話をもらいました。どうも専門教育を受けた方々は、技術はしっかり持っていても社会の知識も乏しく、人と話すのが苦手という傾向にあるらしく、接客、できれば経営を経験してパソコンが得意な人を探していたようです。
 そんな感じでその会社に入社、その会社の社長(のちに会長)が定年前に勤めていた地元超大手インフラ系の会社のシステムをプログラマー・システムエンジニアとしてかかわることになり、そして順風満帆の人生が始まるはずでしたが、またまたそうではないのです。

独立

 15年ほどそのシステムに携わっていたのですが、2011年3月、ご存じのように東日本大震災が起こります。名古屋は被災地ではないのですが、原発が停止、システム開発は一時的に規模縮小、外注をなくす方向へ転換、というわけで契約満了時に更新なし、という状況になるのです。
 自社に戻った私は、自分を含めた社員の仕事先を探すべく営業に出るのですが、震災が経済にもたらした影響は大きく、空振りばかりの日々でした。そこで、店舗経営の経験を生かすべく、社長に掛け合い、飛び込みで店舗などに小規模のシステムの提案に回ってみることにしました。元書店の店長だと話すと結構腹を割って話してくれるのですが、欲しいのはシステムではなく市販のソフトを使える人材だということでした。それなら、そういう作業をうちの会社で引き受ければということで社長に相談したのですが、うちではそこまで面倒見切れないという返事。会社としては新規分野には参入できないということで、バックアップするから独立してはじめてみては、という話をもらい、退職、独立の道を選びました。
 ですが、このバックアップ、実はまったく得られませんでした。というのも退職を目前に社長が緊急入院し集中治療室に。会長が退職の作業だけはきちんとやってくれましたが、一線を退いている会長にはバックアップまでは望めず、そのまま退職となります。そのすぐ直後に社長は他界し、会社も解散となってしまいました。ただ退職して独立しただけになってしまいました。

パソコン便利屋起業・そして教育者へ

 以前のインフラ系会社の仕事に欠員が出てプログラマーを募集しているのをネットで見つけ、そこでフリーとして以前とは別のシステムに携わることになりますが、いつまでも続くような感じではなかったので、1年と期限を切って、以前の飛び込み営業で必要だった作業代行として「パソコン便利屋」を立ち上げます。
 パソコン便利屋の業務の中に、パソコンを教えるというのも入れておいたところ、昔の仕事仲間のつてで、専門学校がパソコンを教える講師を探しているという話をもらい、東三河地方にある専門学校で講師として教えることに。
 専門学校講師の副業としてパソコン便利屋というような感じで仕事をするようになってきた頃、なんと専門学校が高校になることに。教員免許を持っていない私は教えることができなくなってしまいます。
 その後、タイミングよく、全国規模の某パソコンスクールの講師をやることになり、そこで5年間講師を務めるものの、本部の方針で閉校となり、受講生の皆さんから「別の教室に転向ではなく先生に続けてほしい」という暖かい言葉をもらい、急遽準備してデジタルスクールインフィニティを開校に至りました。
 というわけで、簡単には表せない私の経歴は以上になります。これからもよろしくお願いいたします。

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